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2008年03月10日

昔は、

東京帝国大学と言ったそうです。

東京大学(とうきょうだいがく、英称:The University of Tokyo)は、東京都文京区本郷7-3-1に本部を置く日本の国立大学である。1877年に設置された。大学の略称は東大(とうだい)、UT。

東京大学は、日本唯一の近代的な大学として設立され、後に帝国大学と改称した。その後、本学卒の人材を教授陣に迎えて、各地に官立(国立)大学が設置されていき、本学も東京帝国大学と改称した。戦後、旧称に復帰して東京大学となった。

東京大学に対する外部(諸外国からの)からの客観的評価としては、公式サイトに掲載されているThe Times Higher Education Supplement (THES) による大学ランキングでは2007年に世界17位に、2006年夏にNewsweekによって発表された大学ランキングでは世界16位にランクされた。評価機関による順位は、概ね二桁台をキープしており、日本国内1位であるという点はいずれも同じである。

教育および研究
東京大学は、キャンパスによって教育内容・研究内容を大きく異にしている。教育内容の面からは、主に教養課程を実施する駒場キャンパス、専門教育を行う本郷キャンパス、大学院課程のみの教育を行う柏キャンパスに分けられる。また研究内容の面からは、伝統的な学問領域の研究を行う本郷キャンパス、学際的な研究を行う駒場キャンパス、新しい学問領域の研究を行う柏キャンパスに分けられる。こうしたキャンパス分立体制は、学部によってキャンパスを分けることの多い日本の大学では珍しい形態である。さらに現在でも入学時の教養課程を分化して設置している大学も日本では数が少なく、日本国内では珍しい存在となっている。

リベラル・アーツ教育を重視しているのが東京大学の教育の大きな特徴である。後述の特色ある大学教育支援プログラムは各大学1件ずつしか応募できないが、そのプログラムに東京大学が「教養教育と大学院先端研究との創造的連携の推進」を応募したことも、そのことを表している。教育内容の詳細は東京大学大学院総合文化研究科・教養学部を参照。

現在においては、東京大学のより一層の国際化推進を図り、総長直轄の本部組織である国際連携本部を中心とした国際化推進計画が進行中である。

なお、最近では「知の開放」プログラムの一環として、一般向けの講義を中心に講義のビデオをポッドキャスティングで配信している。


学風および特色
東京大学は自由な学風を特色としている。この学風は東大安田講堂事件に代表されるような学生運動にも現れている。大学の自治が問題となった東大ポポロ事件も起きている。

国立大学法人になって以降、積極的な改革を見せている。マッキンゼーのコンサルティングによる組織改革、ブランド力向上の施策、学内にレストランなど外部テナントの誘致を進めていった。
(以上、ウィキペディアより引用)

まさに日本の頭脳ですね!

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2008年02月26日

デーン人のこと

世界にはホントにたくさんの人種がいることを再認識しました。


デーン人(でーんじん、Daner)とはデンマーク地方に居住していたノルマン人の一派である。イングランドをはじめとした各地に進入し、大帝国を建設した。当初はヴァイキングとして海賊活動を主体として行なったが、後にキリスト教に改宗し、デンマーク王国としてデーン人を包括した統一国家を造り上げる。9世紀にイングランドに侵攻し、デーンロウを築き上げた。

1013年、デンマーク王のスヴェン王がイングランド王になる。

1016年、スヴェンの子カヌート大王がイングランド王に即位。後にデンマーク王、ノルウェー王にも即位し、北海帝国を築き上げた。カヌート大王の死後、帝国は崩壊。多くのデーン人は現在のデンマークに留まり、海外へ移住したデーン人は、その地の民族に同化して行った。

デーン人そのものは、現在のデンマーク人とは異なる。それは民族的なものではなく、一種の政治的な共同体であった。つまり異民族であっても、デンマーク王に従属して、その統率下に入ればデーン人と呼ばれていたのである。近代に入ると、国民国家の成立と共にデンマークのナショナリズムも高まったが、それはすでにデーン人の国家ではなく、デンマーク民族としての国家であった。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年02月06日

シャンペン

本当はシャンパンと言いますね!

シャンパン または シャンペン(Champagne)とは、フランスのシャンパーニュ地方特産の発泡ワインである。三鞭酒は当て字。

現在、主に使われるブドウの品種は、ピノ・ノワール(Pinot Noir)、シャルドネ(Chardonnay)及びピノ・ムニエ(Pinot Meunier)の3種類であるが、この3種しか使えないわけではない。正しいAOC(原産地呼称統制)による定義では、アルバンヌ(Arbanne)、プティ・メリエ(Petit Meslier)、及びピノ(Pinot)系の全てのブドウが指定品種になっている。シャルドネが指定品種の中に含まれていないのは、シャンパンがAOCに指定された1919年当時は、ブドウ品種の分類に関する研究があまり進んでおらず、シャルドネはピノ系のブドウと思われていたためである。

シャンパンの呼称は、日本では発泡ワインを総じて指されることも多いが、本来は「シャンパーニュ産の発泡ワイン」にのみ許されたものである。AOC(原産地呼称統制)の規格に則って製造された発泡ワインだけが、シャンパンと名乗ることを認められる。かつて日本ではこれに似せて作られた清涼飲料水を「シャンパン」と名付けて販売していたことがあるが、これに対してはフランス政府からの抗議があり、シャンメリーという名称に変更された。

シャンパンは産地、原料、製法が限定されるが、シャンパーニュ以外の地方で作られた発泡ワインも合わせてその総称をヴァンムスー(Vin Mousseux)と呼ぶ。

フランスのシャンパーニュ委員会ではシャンパンの正式名称として「シャンパーニュ」を推奨している。

シャンパンは生産者毎に番号が振られており、ラベルに記載される。

シャンパンは最も多くの場合、黒葡萄と白葡萄の配合によって造られる。白葡萄で主に使用されるのはシャルドネ種であり、黒葡萄でよく使用される2種類はピノ・ノワールと、ピノ・ムニエである(近年、上記以外のフロモントー(Fromonteau)、アンフュメ(Enfume)などの品種が使われている銘柄も存在する)。

赤ワインの色合いはその果皮に由来するため、果汁は圧搾機で果皮から色素が浸漬しないように手早く静かに搾られ、白い果汁が取り出される。「ロゼ」または「ピンク」のシャンパンは、黒葡萄の果皮を微かに色付けのために与えた後に取り出すセニエ方式、または、瓶内二次発酵前に赤ワインの添加によって造られる。シャンパンに使用される葡萄は一般に、この地方が葡萄栽培地として寒冷地の北限にあたる為、糖度が低く酸の強いものが多い、しかしこの強い酸がシャンパンに他の発泡性ワインには真似できない気品を与えると言われている。また収穫は規定により手摘みに限られる。

最初の発酵は秋に、非発泡性ワインと同じ方法で行われ、果実に含まれる糖分がアルコールへと転換される。これが「ベース・ワイン」となるが、このワイン自体は酸味が強過ぎて面白みに欠けるものが多い。この時点で、様々な畑の、あるいは、「ノン・ヴィンテージ・シャンパン」の場合には様々な年のワインを使ったブレンド(アッサンブラージュ、assemblageと呼ばれる工程)が行われる。各作り手のブランドイメージに沿ってブレンドされ、作り手の腕の見せ所でもある。また良い葡萄が収穫された年に造られた優れたブレンド用のワインはリザーブワイン(又はヴァン・ド・レゼルヴ、vin de reserve)と呼ばれ、その配合が品質に強い影響をあたえる為、良いリザーブワインの確保が作り手にとって重要であると言われている。

ブレンドされたワインは、炭酸を得るための二次発酵の準備として酵母とその発酵を促進するため蔗糖の入ったシロップをワインに加える(ティラージュ、tirageと呼ばれる工程) そして瓶詰めされワインの貯蔵室に置かれる。貯蔵室は石灰岩の地下深くに掘られた洞窟を使用していることが多い。発酵によりアルコールと泡の源である二酸化炭素が発生し、瓶内に閉じ込められ、ワインの中に溶け込む。発酵が終わり役割を終えた酵母は澱となり、その澱とともに寝かせることによって、酵母が分解作用でとり込んだうまみがワインに徐々に戻される。その後ピュピトルと呼ばれる台に差し込み保管される。瓶は毎日微かに(1/8)回転させながら徐々に倒立した状態にさせられ、澱が瓶の首の部分に集まり(ルミアージュ、remuageと呼ばれる工程)除去が可能となる。昔は職人が手作業で行っていたが、現在は非常に手間のかかる手作業よりもジャイロパレットと呼ばれる機械でルミアージュが行われることが多い。出荷が近づくと瓶の口を氷点下20度に冷却し、栓を抜くことで気圧により凍結させた澱がぬけ、澱が除去(デコルジュマン、degorgementと呼ばれる工程)される。冷却せずに手作業で澱を除去する昔ながらの方法もある。目減りした分はワインやシロップで補充(ドサージュ、dosageという工程)される。このときのシロップの比率で甘口か辛口かが決まる。

甘さを調整する為様々な量のシロップが添加される。最も甘口のものは「ドゥー」(doux)(残糖分50g/L以上)と呼ばれ、辛口になるにつれて「ドゥミ・セック」(demi-sec)(33g?50g/L)、「セック」(sec)(17g?35g/L)、「エクストラ・セック」(extra sec)(12g?20g/L)、そして「ブリュット」(brut)(6g?15g/L)がある。従ってエクストラセックを直訳した「極辛口」のシャンパンは実際には、ブリュットと書かれたものよりは甘いのである。幾つかの作り手は、糖分を添加しない「エクストラ・ブリュット」(extra brut)を造っている。この作業はシャンパーニュ造りの終りの工程であるため、「門出のリキュール」と呼ばれる。その後、瓶にコルクで打栓(bouchage)され針金つきの金具でとめる。

製品はティラージュ(tirage)後、最低でも15ヶ月寝かせるまでは、法的に出荷が禁止されているが、より長い方が望ましい。「ヴィンテージ・シャンパン」は、最低3年寝かせる事が決められている。
(以上、ウィキペディアより引用)

いや、もっと正しくはシャンパーニュですね!

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2007年12月27日

最近はやってますよね!

フィギュアスケート!あれが出来るってマジすげーと思います!

フィギュアスケート(英語:figure skating)は、スケートリンクの上で音楽に合わせ、ステップやスピン、ジャンプなどの技を組み合わせて滑走するスケート競技のひとつ。リンクの上に図形(フィギュア)を描くように滑ることから、この名がある。

起源
スケートの起源ははっきりしないが、すでに先史時代には北欧で動物の骨をブレードにしたスケート靴が用いられていた。それが南下してオランダに伝わり、運河の発達により国民各層で行われるようになった。農民たちは、凍った運河の上で目的地にできるだけ早く到着することに熱心であったが、貴族たちの間では、優雅さやマナーを重んじた芸術的なスケーティングが好まれた。彼らの滑走様式は、オランダ人の弧線滑走という意味の「ダッチロール」と呼ばれるようになり、フィギュアスケートの原型となった。これが、やがてスコットランドに伝わり、愛好家らにより図形を描いて滑走する技術が研究されるようになった。一方でフランスやドイツにおいては芸術的な滑走動作が研究された。

現在のフィギュアスケート用のスケート靴競技としての発展
その後、1742年にイギリスのエディンバラで世界初のスケーティングクラブが発足して以降、各国においてスケーティングクラブが設立され、その国独自の形態で競技会が行われるようになった。フィギュアスケートはヨーロッパ全域で盛んになり、1882年にはウィーンでフィギュアスケート最初の国際大会が開催された。1892年には、スケート競技を国際的に統轄する国際スケート連盟が創立され、1896年から世界選手権が開催されるようになった。
オリンピックでは、1908年の夏季オリンピックで初めて実施された。夏季オリンピックではこの大会と1920年の大会のみで行われており、1924年にシャモニーオリンピックが開催されてからは毎回冬季オリンピックで実施されている。
(以上、ウィキペディアより引用)

しかもめっさお金がかかるんですよね。。

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2007年11月21日

牛乳プリン食べたいなぁ。

おいしいですよね。
ぷりんよりもっとプルプルしていて大好きです。


牛乳プリンは、カスタードプディングの変種で、主に、色が牛乳の持つ白いものであり、通常カラメルシロップをかけないという特徴がある。

原料の違いとして、カスタードプディングには全卵もしくは卵黄だけを用いるため、卵黄の黄色い色素が入り、黄色い色になるが、牛乳プリンには卵白だけを用いて、白く仕上げるのが普通。新鮮な牛乳、鶏卵、砂糖があれば、家庭でも簡単に作れるが、滑らかで、均一なものを作るには、ある程度のコツがいる。

また、カスタードプディングにおけるケミカルプリンと同様に、市販の製品には、加工性を良くしたり、コストを抑える目的で、寒天やゼラチンなどの凝固剤を用いるものもあるが、本来の姿ではない。

日本では、牛乳瓶風のガラス容器で加熱した、全卵使用のカスタードプリンを「牛乳プリン」と称している場合もある。北海道や福岡県などにメーカーがあるが、原料や製法の違いによる名称ではなく、容器によるものと思われる。


著名な牛乳プリン

大良双皮奶
大良双皮奶(中国語 ダーリアン シュアンピーナイ Dàliáng shuāngpínǎi、広東語 ダーイリョン ションペイナーイ Daai6leung4 seung1pei4nai5)は中国広東省仏山市順徳区大良鎮発祥の牛乳プリン。地元産の水牛乳、卵白、砂糖を使用して、碗で蒸して作る。順徳料理の中心地である大良は、水牛などの乳を使う料理、食品にも特色があるが、このプリンが特徴的なのは、一度水牛乳を碗に入れてよく蒸し、表面に皮が張ったところで、皮の端を少し破っていったん中身の乳を出し、そこに卵白と砂糖を加えてよく混ぜてから、残していた皮が表面を覆うように静かに器に戻し、再び蒸すという2段蒸しの工程で作る。このため、できたプリンには、最初の膜と、2回目に蒸した時の薄い膜の2つの膜ができるため、「双皮」という名前が付いている。熱いまま食べても、いったん冷蔵庫で冷やしてから食べてもよい。

この製法を、マカオ、香港の多くの甘味処やレストランがまねて、店で供しているが、乳牛の乳に代わっていることがほとんどである。一般的に、順徳の老舗のものは脂肪分が高い水牛乳のこくが出ているほか、砂糖や卵も多く使っており、しっかりしたものとなっている。これに対して、マカオや香港のものは、あっさりめでなめらかな仕上がりとなっていることが多い。

また、二度蒸ししない燉奶(中国語 ドゥンナイ、広東語 ダンナーイ)や、ショウガの汁などで風味を付けたもの、ハスの実、小豆などを乗せたものなどのバリエーションもある。

順徳や香港では、インスタントの牛乳プリンも売られている。袋の中に粉末を入れたもので、少量の湯で溶いてから、定められた量の湯を加えて混ぜ、5分間ほど置くと、熱いままでゲル化する。原料は、粉ミルク、砂糖、粉末タンパク質、カラギーナン(ゲル化剤)などであるが、味も薄く、水分も分離しやすいなど、生の材料から作られるものとは大きな違いがある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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2007年10月29日

菱の実の薬効

薬効として本当に歴史深いのですね。
意外でした。

葉は菱形で水面に放射状に広がり、葉柄はふくらんで内部がスポンジ状の浮きとなる。その点でホテイアオイに似るが、水面から葉を持ち上げることはない。また、完全な浮き草ではなく、長い茎が池の底に続いている。

花は両性花で、花びらは白く、葉のすき間から水面に顔を出して夏に咲く。がく、花弁、雄蕊は各4個で子房は半下位。胚珠は2個あるが一方だけが発育し大きな種子となる。胚乳はなく、子葉の一方だけが大きくなってデンプンを蓄積する。果実は横から見ると菱形で両端に2本のとげ(がくに由来)がある。

菱形とはヒシにちなむ名だが、葉によるのか実によるのか両説ありはっきりしない。

秋に熟した果実は水底に沈んで冬を越し、春になると発芽して根をおろし茎が水面に向かって伸びる。茎からは節ごとに水中根を出し(これは葉が変化したものともいわれる)、水面で葉を叢生する。

平地のため池などに多く、水面を埋め尽くす。日本のほか朝鮮半島、中国、台湾などに分布する。


近縁種
近縁種として日本にはオニビシとヒメビシがあるが、これらは果実のとげが4本ある。実用性は乏しいと思われるが、忍者が追手の追撃をかわすために撒くまきびしは、これらが用いられる。


利用
菱の実にはでん粉が多く含まれており、ゆでるか蒸して食べるとクリのような味がする。菱の実はアイヌ語ではペカンペと呼ばれ、アイヌにとって重要な食糧であったため「ペカンペ祭」という収穫祭が行われた。

桃の節句に菱餅を食べるが、形が菱形になっているだけでなく、菱の実またはヒシのでん粉を入れる場合もある。

薬膳としては、健胃、強壮などの作用があるとされる。


引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年10月04日

保存食について調べてみました。

保存食(ほぞんしょく)とは、比較的長期間(数か月から長いもので数年程度)にわたって貯蔵するため、腐敗を抑制する加工や処理がされた食品をいう。

気候や風土の関係で冬季、長期にわたり食料の確保に困難を抱える地方や、遠洋航海、戦争などの食料の確保や貯蔵、調理に大きな制約をうける状況下で、その代案として工夫されてきた生活の知恵である。また、災害や飢饉の際の非常食としての役目もあり、現代社会においても備蓄が奨励されるべき物であると言える。近年では、調理の不要なインスタント食品としての需要も大きい。

原料、保存方法ともに多岐にわたる。海産物なら昆布、魚の干物、塩漬け、酢漬けなどがあり、農産物なら野菜の漬物や寒干しから、高野豆腐などの大豆加工食品、果物のジャムまで千差万別である。

保存の手法も様々であるが、容器による密閉(缶詰、瓶詰め)をはじめ、いずれも腐敗菌の繁殖を抑え、長期間の保存を可能にする工夫がみられる。通常であれば食品に一定の加工を施すが、蜂蜜、ナッツ類等そのままで長期の保存性を持つ食品もある。保存食とは、通常、常温で長期保存ができる食品をいうが、広義では冷凍食品等も含める。

食品の多くは常温で保管すると、急速に鮮度が低下し腐敗する。冷凍や冷蔵技術の発達により、近年では多くの生鮮食品が比較的長期間、新鮮な状態のまま貯蔵できるようになった。しかし、一般家庭に冷蔵庫が普及したのは1970年代であり、それ以前は生鮮食品を長期保存することは困難であった。

多くの食品(特に野菜、果物や魚介類)にはいわゆる旬があり、決まった時期にしか手に入らなかった。季節を問わず野菜や果物類が手に入るようになったのは、最近のことである。このため生鮮食品を加工し、常温での保存性を高める工夫が行われてきた。

保存食の歴史を考える場合、2つの大きな転換点がある。缶詰の発明と、冷蔵(冷凍)技術の発達である。


保存食のはじめは手作りの時代である。この時代の保存食は、天然の素材と自然の力を最大限に利用して保存を高める工夫がされていた。塩蔵、糖蔵、乾燥、燻製、発酵などである。保存のための技法により、良い意味でも悪い意味でも食品の性質は大きく変化してしまう。また、加工後の食品を食べるには特殊な調理が必要となる場合も多い。


次は、缶詰の時代である。1804年にフランスで広口ビンに食品を詰める「ビン詰め」が発明され、1810年金属容器が発明されて「缶詰」が生まれる。これにより加熱殺菌と密封によって、食品の風味をあまり損なわない長期保存が可能となった。しかも、これらは調理済みであるため、容器を開ければ、そのまま食べることが出来る。当初、軍用食として開発された缶詰であったが、その有用性・利便性が知れ渡り19世紀の中旬以降、現在に至るまで量産され続けている。

最後は、冷凍保存の時代である。低温で腐敗菌の繁殖を抑え長期の保存を可能にした。調理済みのもの、半調理済みの素材、生の素材(食品による)、いずれも冷凍により保存が可能である。缶詰よりも更に食品の性質変化は少なく、生の食品と区別が困難なほどである。

この他にも、缶詰の技術を応用したレトルト食品や乾物(凍結乾燥)の技術を応用したフリーズドライも保存食の歴史を変える大きな技術革新であった。